ちょっと前に、ベーマガがなくなったとき
「いまのコンピュータキッズは、どうやってプログラミングの楽しさや奥深さを学ぶんだろうか」
ともの凄く不安になったのを覚えています。
「一体この国はどうなってしまうのか」
なんていう漠然とした不安です。
我が国はマイクロエレクトロニクスのリーダーシップ的な役割を担うことで20世紀末の人類に大きな貢献をしてきました。
特にゲーム文化の隆盛を支えたのは、当時高校生や大学生だった若者達です。
中村光一さんや内藤寛さん、森田和朗さんや中本伸一さんといった若き”天才”プログラマー達が活躍し、産業の一翼を担った時代というのがあるのです(もっとも、今は彼らも年を取り、中本さんなんかは大きく禿げ上がって若き日の面影もありませんが)。
その後、ゲーム制作は肥大化し、それまでのように高校生などのホビイストの手に負えるようなものではなくなりました。
僕が中学生の頃(つまり90年から92年)、当時の月刊I/O誌上で、アートディンクの方だったと思いますが、「これからのゲームはホビイストとプロフェッショナルの違いが益々広がり、ゲームは大規模産業化していくだろう」と語っていました。
果たして予言は的中し、もはや高校生の”天才”プログラマーは過去のものとなりました。
かつてのパソコンゲームの魅力は、「同じコンピュータと同じ言語環境なんだから、自分だって”あの”森田和朗と同じゲームが(理論的には)作れるはずだ」という漠然とした平等意識にあったのではないかと思います。
実際、当時は雑誌に掲載されたプログラムリストを入力していくという”写経”スタイルが主流だったので、途中でプログラムの構造が解ってしまったら、そこからどんどん自分のものにしていける、という楽しさがありました。
僕が自分のプログラムを雑誌に投稿してみよう、と初めて思ったのは高校一年のときで、ちょうどそのときに月刊アスキーの投稿用紙が廃止されてしまったので、熱烈なアスキー読者だった僕は泣く泣く月刊I/Oに投稿をすることになるのです。結果的にはこれが僕の人生を半分くらいは決定してしまうことになります。
それでも投稿プログラムがメインの雑誌というのは一種異様な、同人誌の即売会的な熱気がありました。
「おれのプログラムを見てくれ!凄いだろ!?」
簡単に言うとそれだけなんですが、ただそれだけで何十ページもの原稿を書き上げ、時には市販ソフトすら凌駕するようなとんでもないソフトを送りつけてくることもあります。まさにプログラマーの天下一武闘会であり、勝敗を決するのはあくまで個々人の胸の中、という紳士の対決でもありました。
そういう猛者どもが全国から毎月熱い投稿バトルを繰り広げている、というのが当時のマイコン雑誌全体の雰囲気でしたが、90年代中盤からその雰囲気は少しずつ変わりつつあったのです。
当時のヒーローは各雑誌にたくさんいました。”天外魔境”、”エメラルドドラゴン”のプログラムを担当した岩崎啓真氏もアスキーやログインの常連投稿者ですし、マイコンBASICマガジンのBug太郎氏は某中堅ゲーム開発会社の重役だそうですし、他にも沢山いすぎて思い出せないほどですが、いま一番有名なのは、丹明彦氏と横内威至氏の”グランツーリスモ”コンビで、彼らはOh!X誌(ソフトバンク)でこれ以上ないくらい熱い連載「ハードコア3Dエクスタシー」の執筆で知られます。横内氏は僕の記憶が確かならば、高校時代にX1というマイコンで本物そっくりのグラディウスをいきなり開発して投稿してきたという剛の者です。
古き良きプログラマー雑誌の最後の砦ともいうべきCマガジンも廃刊の憂き目にあい、今のヤングプログラマー達はいったいどこにいて、どこでその溢れんばかりの才能を発揮しているのだろうかと長らく心配していました。
先日、突然「貴社で修行がてらバイトしたい」というメールをいただいて、家も近いのであってみた青年がいるのですが、彼と会ってみて合点がいきました。
「そうか、ここにいたのか」
彼は高校時代にiアプリのコンテストで優勝し、KDEの開発に関わり、KHTML(MacのSafariでも使っているWebモジュール)の日本語化部分の実装を担当したそうで、
「なんだ、そんなに凄い人なら、僕らがあなたに教えられることなんかないですよ」
と言ったのですが、とにかくテンションの高い彼は、なんでもいいから才能を爆発させる場を求めていた模様で、これが実に次々と新しいことを考えだして難題を解決していきます。
なるほど、凄いなあと思ったわけです。
結局、若者というのは自分の持てる全ての能力を使って、どこかに才能の発揮場所を求めるもののようです。
もう紙メディアがこういう若い人たちを支える時代というのは終わったのかもしれませんねえ。
寂しいことではありますが
投稿者 shi3z 時刻 06時29分
1998/8/6(Thu) 18:00 (JST)
GTを創った男たち。
SCEのPS用ドライヴィングシミュレーションゲーム「グランツーリスモ」の開発物語が、平沢たかゆき氏の手により、63ページの読み切り漫画になって、週刊少年マガジンに登場。
現在発売中の、株式会社講談社発行の「週刊少年マガジン No.36/37 8月19/26日号」に、ソニーコンピュータエンターテインメント株式会社(SCE)制作・販売のプレイステーション用ドライビングシミュレーションゲーム「グランツーリスモ」(GT)の開発物語を題材とした読み切り漫画「ゲームクリエイター物語 GT(グランツーリスモ)を創った男たち」(平沢たかゆき氏作/63ページ)が、掲載されています。漫画ゆえ、かなり脚色されていると思いますので、どこまでが真実なのかはわかりません。しかし、読み物として、とても面白く仕上がっています。
劇中、ソフトバンク株式会社発行のコンピュータ雑誌「Oh!X」(1995年12月号をもって、休刊中)で、プログラミングやゲームレビューなどの記事のライター及びプログラマとして活躍していた、丹明彦氏と横内威至氏が、準主役で登場します。

© 講談社/平沢たかゆき 1998
© 講談社/平沢たかゆき 1998
左上: シミュレーション担当のプログラマ丹明彦氏(物静かだが、頼りがいのある仕事人。エンジンシミュレーションのプログラミングが仕事の気分転換になるなど、常人の理解を超えた能力を持つ)
右上: ビジュアルエフェクト担当のプログラマ横内威至氏(普段は遊び人だが、やる時はやる男。パチンコ屋で仕事をサボっている時、パチンコ玉の表面の映り込みを見て閃めいたのが車体の環境マッピング。お調子者キャラ定番の「食い物ネタ」あり)
左下: プロデューサーの山内一典氏(この漫画の主人公。前2作「モータートゥーングランプリ」が大失敗。後がない状態で、理想のゲームを作らんと、GTの開発に全精力を注ぐ。弱音を吐く開発チームの面々にゲキを飛ばし、数々の難関をくぐり抜け、ついにはGTを完成させるガッツマン)
右下: SCE宣伝部のエラい人(氏名不詳の謎の人物。この漫画の悪役。GT開発チームへのキツイ嫌味が得意技。しかし、最後には彼らの実力を素直に認める。親子ほど歳の離れた横内氏に、「オッサン」呼ばわりされる)